
手児奈霊神堂(てこなれいじんどう)は、千葉県市川市真間に所在する、伝説上の女性、手児奈を祀る霊堂。手児奈霊堂とも称される日蓮宗の寺、真間山弘法寺に属するお堂。
市川市には美しい里娘「手児奈」の伝説があります。大昔の話です。美しいが故にトラブルになってしまう身を嘆き、当時はまだすぐそこが海だった真間の入り江に身を投げたという伝説です。
古くから伝説をもとに万葉集でも詠まれています。有名無名問わず多くの人たちの心を動かすものがここにはあるのでしょう。
「手児奈」を思う気持ちは今も生き続けています。
真間山弘法寺の石段を下りると参道の左側に「手児奈霊堂」あります。こじんまりですが、真間山弘法寺よりも華やいで見えます。
ここを通ると少し胸が痛くなり「愛」について考える自分がいます。
こういう「愛」の伝説がある「市川」っていいなぁとも思う。


万葉集に歌われた絶世の美女手児奈を祀った霊堂。安産や縁結を祈願する名所らしい。地元の方々に愛されてひっそりと佇む御堂。境内の大松が素晴らしい。いつか市川駅のミスドで隣になった小学生の女の子が教えてくれた真間のイチオシスポット。一度訪れてみる価値あり。
初めて参拝させていただきました。法華経のようで、二礼二拍手一礼ではないのだと知りました。出し物の準備中だったので、厳かとはちょっと違いましたが、雰囲気を味わえました。お堂の前の鳥居が柱としめ縄になってました。
奈良時代以前に市川真間に住んでいたとされる女性、手児奈さんを祀った霊堂で、今は「安産の神」としてお参りされてます。悠久のロマンに参拝しました。また、手児奈が水汲みをしたという「真間の井」は道を隔てた向かいの「亀井院」(瓶井院)の庭に残っています。
さまざまな伝説を纏いながら万葉集にうたわれ日本文学にも影響を及ぼした女性、手児奈の墓所に建てられたというお堂です。長い石畳の参道の手前に真間万葉歌顕彰碑や説明パネルがあります。安産や縁結びにご利益があるそうです。
弘法寺を見学後に山門を降りて手児奈霊神堂も参拝。手児奈様を祀っており安産のご利益があるとの事。仏像があったからここも弘法寺同様寺院のようだが、どちらかというと神社のように感じる。安産目当てじゃなくても独身だろうと普通にお参りするのも良いと思う。
奈良時代のはじめ、山部赤人が下総国府を訪れたという伝承が残っている。その時に真間の手児奈を詠ったものが万葉集に収録され ている。『われも見つ人にも告げむ葛飾の真間の手児名(奈)が奥津城処』手児奈霊堂は、この奥津城処(墓所)と伝えられる地に建てられ、文亀元年(一五〇一)には弘法寺の七世日与上人が、手児奈の霊を祀霊堂として、世に広めたという。手児奈の物語は、美人ゆえ多くの男性から求婚され、しかも自分のために人びとの争うのを見て、人の心を騒がせてはならぬと、真間の入江に身を沈めたとか、継母に仕え真間の井の水を汲んでは孝養を尽したとか、手児奈は国造の娘でその美貌を請われ、或る国の国造の息子に嫁したが、親同士の不和から海に流され、漂着したと ころが生まれ故郷の真間の浦辺であったとか、さらには神に司える巫女であったりする等、いろいろと形を変えて伝えられている。万葉の時代から今日に至るまで、多くの作品にとりあげられた真間の地は、市川市における文学のふる里であるともいえる。【現地案内板より抜粋】弘法寺参道脇にあり、一緒に廻れます。境内には稲荷神社や池もあり、市川の市街地にありながら、のんびりとした時間が流れています。駐車場はありません。
日蓮宗 真間山弘法寺日蓮宗って知らなかった。御首題帳鞄にいれててよかったw。御利益は縁結び、安産、子育てだそうな。車が通ることなど予想もしない昔からある町なんでしょう。道幅はえらく狭い。車で行く人は歩行者、対向車に気を付けてくださいね。中学生のとき文化祭で上級生が手児奈の劇やってたなぁ。思い出しましたよ。真間に生まれた綺麗な娘さん、手児奈が隣の国に嫁ぐ、手児奈を巡り生まれた国と嫁いだ国で戦が始まる。手児奈はいたたまれなくなり、子を連れて国に戻るが、出戻りゆえ、実家には気が引けて帰れない。子供と2人で暮らすが、その美しさゆえ、国の男達が手児奈をめぐって再び争い始める。争いを納めるため手児奈は自ら海に身を投げた。フィクションかノンフィクションは知らないけど、この美しい女性の悲劇は万葉詩人にもインパクトを与えたんだとか。2023.01.09参拝











